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あなたに触れられたくて

pixiv公開日 2020年10月3日

イアメディリ



何の変哲もない午後、特にやることもなくぶらぶらと廊下をうろつく。最近は周回に付き合わされたりと必要以上に働かされて辟易としていたが、ようやくその必要も(一旦)なくなったようで、一息ついて落ち着いたところだった。これから何をするかな、と欠伸をしながら考えていると、前方から見覚えしかない存在が手を振ってくる。そして瞬く間に近づいてきて、思わず足を止めた。淡い菫色。まるで予期していたかのように現れた少女。
イアソン様ーー! と、駆け寄ってきたメディアが、私の目の前で立ち止まる。その長いポニーテールが珍しく乱れていた。普段であれば、どんなに激しい動きをしようとも乱れることのない、魔術で調整された長い髪。珍しいもんだな、と思いながら手櫛でゆっくり梳いてやれば、メディアはぽっと頬を染める。その反応で意図したことはなんとなく分かったが、普段の所業に比べればなんてことはない、可愛らしいあそびだ。どこぞの恋愛脳にでも吹き込まれたのだろう。そう考えると、この子供じみたあそびにも付き合ってやってもいいか、と思ってしまうのは、どうにも、座についてからこの存在というものに滅法弱くなってしまったからだろうか。
望まれるように愛してやることなぞ不可能だが、愛されていること自体については信じている、し。その愛情をなるべく、裏切らない方がいいということもよく分かっている。が、裏切りの琴線というものはまったくわからないのでまるで難易度の高いマインスイーパーだ。
それでもやはり、愛らしい、可愛らしいとは素直に思ってしまうもので、本人を前に口にしたことは一度もないが、あの頃だって決して、幽かな愛おしさすら芽生えなかったとは言えないのだ。
柔らかく、美しく手入れされた菫色の髪から手を離せば、名残惜しそうな視線とともに小さく礼を告げられる。それにふと我に返り、頬を掻く。こういった雰囲気は場数を踏んでもあまり得意ではない。しかもここはカルデア施設内で、どこに誰の目があるか分かったもんじゃない。特に離婚後のメディアに見られたら医務室送りでは済まされないだろう。こういう時は人の目が多い場所で落ち着くに限る。
浮足立った様子のメディアに腕を取られつつ、食堂に足を向ける。これでマスターなんかに見つかりでもすればまた面倒臭いが、今日はそんなにめぐりあわせが悪い日でも無いようで、実に平穏に食堂の隅を陣取ることができた。
いつもこの調子ならまだ平穏なんだがな。
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