穏やかな野原。遠くに響く、子供とマスターの笑い声。木陰に落ち着いて眺めていれば、世界はきっと平和なのでしょうと錯覚するほど、この場所は緩やかに時間が過ぎていく。微少特異点。ほんの少しの戦力でも拍子抜けするほどに解決は簡単で、今はカルデアに戻るまでの束の間の休息時間だった。
お茶でもあれば完璧だったのに。そう思いながら、ほどよい日陰を作る太い幹に背を預ける。明るく笑うマスターの隣にはジャック。それからふたりにせがまれるようにしてなにかをせっせと作る元夫。少し離れた場所ではアスクレピオスとジークフリートが薬草でも探しているのかしら。竜殺しの英雄が大きな背中を小さく丸めている姿はほんの少し滑稽に見えた。
やがて、完成したらしきものを受け取ったジャックが、こちらへと駆けてくる。見てみて、と披露してくれたのは銀色の頭に丁度乗るほどの、花冠だった。
「イアソンが作ってくれたの! きれいでしょう」
「あら、良かったわね。よく似合ってるわ」
相変わらず変なところで器用だこと、と感心しながら微笑むと、そうでしょう、と誇らしげにジャックは胸を張る。それから、名案を思いついたかのように目を輝かせた。
「そうだ! メディアさんも作ってもらおうよ! きっとかわいいよ」
「いや、私は……」
結構よ、と言う間もなく手を引かれる。子供らしい強引さはそのまま力強く私を引っ張っていった。あまり無下にすることもできず、ほんの少し抵抗しながらも渋々ついていく。
げ、と顔を青くするイアソンがよく目についた。本当、失礼な男。
「イアソーン! メディアさんにも花かんむり作ってあげて!ね!」
わたしたちジークフリートたちにも見せてくるね! とジャックは私を置いてそのまま駆け出していった。事情をようく知ってる癖に苦笑するだけのマスターが小憎らしい。仕方なく、イアソンとは逆のマスターの隣に腰を下ろす。
「……ジャックは元気だね」
「子供はあれぐらいで丁度いいだろ。付き合わされる方は大変だが」
まったく、と少しかがめていた背中を真っ直ぐに延ばせば元夫の金ぴか頭は憎たらしいほど輝く。
「よくもまあ貴方が付き合ったわね」
「……別に、マスターが花冠のひとつも作れないせいで俺が作っただけだ」
作りたくて作ったわけじゃあない、と頬を掻き、イアソンは大袈裟に溜め息を吐いて見せた。その割には丁寧に作ってたじゃないの。
「へえ、そう」
「……、ああそうだ、いっそ立香お前もメディアに作り方でも教えてもらえ」
「マスターに教えるくらい別にいいけれど、貴方に言われたとなると癪ね」
「わた、私も! 教えてもらいたいなぁ~と思ってた所!ね!」
若干空気が悪くなってきたのを察したのか、マスターは私の腕をそっと引いた。そういうふうに頼られると弱いのは、お互い理解していることで。仕方ないわね、と諦めて頷いた。
「……まあいいけれど」
どうせ、帰還準備が終わるまで暇なのだ。作った花冠は手元に残らないにしても、教えたことは残るのだし手慰みには丁度いいでしょうし。自分を納得させるようにしながら手ごろな花を摘む。
「それじゃ俺はこれで」
「えっイアソン私にも作ってくれるって言ったじゃん!」
さて教えてあげましょう、というところで立ち去ろうとしたイアソンの腕をまたマスターが掴んだ。この妙な押しの強さと諦めの悪さについては召喚されたサーヴァントはよくよく理解していて、つまり抵抗するだけ無駄だった。本当に、事情を知っているくせに性質の悪いこと!
「めんどくせぇ~」
上げかけていた腰を下ろしてイアソンも同じように花を摘む。
少し遠いところで響くジャックのはしゃぐ声が、なんとなく。そう、なんとなく。あの頃に似ていた。
あの時も、せがまれて。面倒臭いと言いながら、私の教えた手順に必死になって。二人で作った二つの花冠。
うんうん唸りながらああでもないこうでもないと花を萎れさせていくマスターより、そういえばこの男はよほど器用で。今も嫌味なくらいするすると花を編んでいる。
「……よく、覚えていたものね」
「何度も作らされたからな」
独り言のようなつぶやきにそう返されて。お互いはっとした様に沈黙が落ちる。幸い真剣になっているマスターには何も聞こえなかったようで、ここからどうしたらいいの? と困ったようによれよれの花を差し出された。
「ああもう、不器用ね」
「なーんか妙に力が入っちゃうんだもん……」
手直しをしてあげたところでこれはもうどうにもなりそうにない。手のかかる子ねぇ、と笑っていると早々に完成させたイアソンがポンとマスターの頭に冠を乗せた。
「花も可哀想だな。……む、そろそろ終わりか」
『先輩! 準備ができましたので帰還体制に入ってください』
「はーい! ……また今度教えてね、メディアさん」
入ってきた通信に元気よく応えると、マスターは嬉しそうに冠をもたげた。内緒話をするようにねだられた内容に、今度はコイツのいないところでね、と返す。またどうしようもないことを思い出すのは二度と御免だった。