海を知らないというのはどういう気分なんだろうね、と目の前の女は酒を飲み干し言った。海賊っていうモンはなぜこんなに酒を飲むのか。オレの前には空の酒瓶がいくつも転がっているが、目の前の女の目はまだいくらかしっかりしていた。小さなテーブルは既につまみを置くスペースすらないが、女の後ろにはまだまだ未開封の瓶が並んでいる。片すのはどうせこちらだろうな、と薄めていないワインを呷った。
海を知らずにいる。なるほどオレたちには――海に栄光あるオレたちでは、その感覚はなかなか理解できないだろう。
「女は体に海を持つというだろう?」
ドレイクが自分の下腹部を撫でながら笑う。海風に晒されてなお艶を保つ髪が揺れる。追加で開けられたラム酒の瓶、半分を一気に体内に消し去った女は、時々それも武器だと言わんばかりに女の匂いをさせてくる。
「それなら海を全く知らんということはないだろ」
「でも胎の中の記憶なんざないじゃないか」
「それもそうだな」
小さなテーブルの下で膝がこつりとぶつかった。人肌寂しいと言わんばかりの仕草に、応じるにはここはあまりにも環境が悪かった。例えこの部屋がドレイクの部屋であろうと、カルデアである限りは。
「アンタも海は好きだろう」
ガタリ、と音を立てながら椅子が移動する。柔らかな体温と荒れた海の香りが近くなる。ああ、こうしてみるとやはり違うものだな、と感慨深い。オレの知る海は比較的穏やかで、潮の香りも薄い。
「……囲まれているから十分さ、というか今ここでお前に手を出されると半殺しじゃ済まないんだよ」
「あそことここじゃ状況が違うからねぇ。残念」
「思ってもねぇだろうが」
「あら、アンタみたいな上玉、手に入れたくなるのは海賊の性だよ」
まあアタシもアンタの幼妻に呪い殺されたくはないから今日はやめておくよ。とそれでも体を凭れさせてくるドレイクの瞳は少しばかり気が抜けていた。放っておけばこのまま寝るだろう。この海賊がここまで気を抜くのも珍しいことだが、まあ、ない訳ではない。
特にマスターがあの異聞帯を超えた後には、妙な気安さが自然発生していた。あのオレとこのオレは別であるというのに。そもそもドレイクが人恋しいどころか欲情しきってるならオレはとっくに組み敷かれてただろうなと予想できるのは、おそらく向こうは向こうでなにかがあったからだろう。曰く、オレは『上玉』らしいからな。
「はーあ、それじゃあ今日はアンタの話でもつまみにして飲むかねぇ」
暫くして上体を起こしたドレイクが、また酒瓶を一息で飲み干す。
「まだ飲むのかよ」
「……アンタの意識無くしちゃえばこっちのもんだろう? ……なんてね。警戒されてつまらない話しされちゃ敵わないし」
「オイ」
思わず身を引くとドレイクはさも可笑しそうに笑った。
「またアンタの『船』の話でもしとくれよ」
「何時間でもしてやろう」
「そうそうその意気」
注がれたワイン。手繰り寄せられた酒瓶の群れ。時刻はもう深夜を回っているが、まあサーヴァントの身であれば影響は少ないし、今夜くらいはいいだろう。まずはと喉を潤し、そして栄光の船の名を唇に乗せた。