身長差。それはオレとヘラクレスの間に高く聳える壁である。
平均を優に越えた背を持つヘラクレスと、平均に近いオレ。オレでさえ見上げるその姿は美しくかっこよく誇らしいがそれはそれとして面倒なことも発生する。つまり、キスがべらぼうに高難易度なのだ。このオレの身長をもってすら。
ちょっと背伸びをしたくらいじゃ届かない唇。そこに自分からキスをしようとなると、座っているときか寝転んでいる時ぐらいであり、その体勢だともれなくしっぽりと致してしまう。ちょっとしたコミュニケーション、ちょっとしたいちゃつきとしてこちらからキスができないというのは、周りからしたら問題ではないかもしれないがオレにとっては大問題なのだ!
「ということで、どうしたら良いと思う」
「……屈んでもらえば良いんじゃないでしょうか」
「なるほどお前たまには役に立つな」
「なあイアソン俺一応マスターのはずなんだけど」
「よしうまくいったら褒美をやろう! マシュと一日船旅とかな」
「それは嬉しいけど!!!」
書類仕事を手伝ってやりながら問いかければ思いもよらず有益なアドバイスが出てきた。正直全く期待していなかったので衝撃的ですらあった。屈んでもらう。なるほど初歩的だが考え付きもしなかった。
そうとなれば実行あるのみだ。与えられた配分をさっさと終わらせついでにマスターの報告書の誤字も指摘してやり、速やかにヘラクレスの元へ向かう。
「ヘラクレス!!! 少し屈んでくれ」
この時間であれば戦闘シミュレーターにいるだろうという予測は正解だった。丁度休憩していたらしいヘラクレスがこちらに気付き、近付いてくる。屈んでくれと頼めばすぐに腰を折るオレの男。自然、顔の距離は近くなる。
じわりと滲んでいる汗。理性と狂乱の狭間の瞳。かたくしなやかな肌に、いつもオレを喜ばせる唇。目の前の男を構成するひとつひとつが堪らなくいとおしい。感情そのままに唇にかぶりつく。
ぴく、と一瞬驚いたようなヘラクレスの、分厚い手のひらがオレの頭を柔らかく撫でていく。対応力がやはり違う。百戦錬磨の大英雄。気分よく貪っているといつの間にか抱えあげられていた。
「ヘラクレス?」
無言のままにシミュレーションルームを後にする男に慌てる。お前さっきまでまだシミュレーション戦闘する気満々だったろうが。しかし抜け出そうにもしっかりと抱えられていて難しそうであり、オレを優先するのにもくすぐったい気持ちになる。為されるがままにして首に抱きついておくことにした。
体格の良いヘラクレスが、目的地に着くのは一瞬だ。
ヘラクレスもすっぽり収まるベッドに寝かされれば、想起できるのはひとつ。
「お前やっぱ野獣だな」
結局のところ、オレからキスをしてしまえばなし崩しにこうなるのだろう。理性が取っ払われた瞳を見れば一目瞭然。嵐のような横暴さ。まあいちゃつくという点では求める程度は違えどそれほど的を外してはいないのだから、大問題、でもなかったのかもしれない。思考は快楽で消えるものだ。